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01-07-23 人体実験 ネット日記より

以前みうらくんがこんなことを言った。
「ひとは壮大な実験の中を生きているんだ」
実はこのひと言がその後の自分の人生を決定づけた、といってもいいかもしれない。

自分探し、なんてことを言ってる人のほとんどが絶対自分なんか見つけられないのははっきりしている。いやな面もある自分を認めようとしないで自分はもっと何か価値のある人間だと思いたい。私にはきっと何か才能があるはずだ。こんな私は私じゃない。こんな私は嫌いだ。もう根本がまちがってるね。今の自分を認めること、そこから自分探しが始まるんだ。自分を映す鏡は自分じゃなく他人だ。他人から見える自分こそが自分なのであって、自分が思い描く自分なんてものは過大評価も著しい、それこそ池に映った月と本物の月くらいの差38万キロくらい離れている。テープレコーダーで録った声が自分の声に聴こえないのと同じだ。
 臭いものにふたをして外面ばっかり良く見せようとするからふたをした内面はさらに腐ってどろどろだ。ふたを取ることから始めないと。
自分は何がしたいか、じゃなく、自分は何ができるか、から始めないと。

しかしこういうのはかわいいね。真面目だし。やっかいなのは、自分はなんでもわかってるよー、みたいな気になってるタイプ。オレみたいな。なあにこんなヤツに限ってなんにもわかっちゃいない。ちょっと突っ込まれるとあたふたしちゃってオレなに言ってんだろバカじゃねぇの、ってなっちゃうんだから。そのくせ他人に対しては厳しいことばかり言う。

実験ですよ実験。自分はいったい何者なのか、なんてことはその場その場になってみないとわからない。言いたいことも言えない自分、バカなことをやっちゃう自分、ああそうか自分ってこんなヤツなんだ、やってみてわかることがいっぱいあるんだ。やってみないとね。生きるって生身の自分の体を使って実験してみるということなんですよ。
 自分じゃやらずに人の揚げ足ばかりとってる人には絶対に真実の世界は見えてこない。まあ、そんなもの見えてこなくってもいいんですけどね。なんとなくうすうすわかっちゃいるけど見たくない、って気持ちもあるしね。挙句の果てに人間不信なんてことになっちゃったらそれこそ人生ムダにしちゃいますからね。自分探しなんてロクなことないですよ。揺れ動く自分。それが人間なんじゃないですかね。
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2006年05月31日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

01-06-11 荻窪旅館 ネット日記より


06-11
仕事中に、My Sweet Guruみうらじゅんから「今荻窪の旅館にいるんだ」、と電話が入った。マイ・ブーマー、今度は近くの旅館に泊まろうブームをやっているのか?下書きは済んでいるし締め切りもまだ大丈夫なので、作業を中断し荻窪へ。
 荻窪駅南口駅前にある寿司屋に入ると、みうらの他に、ばりばり売り出し中の才能あふれるライターモリタタダシ、いつもいい写真を撮る好漢永田さん、この人のデザインは暖かく大胆さの中にも繊細さが溢れる近頃はタレントと思われている安齋肇さん、それに「GON」編集者の山崎さん(初対面なのでよいしょできません)が、テーブルの上にMDをセットして語り合っている。雑誌の企画だったのだな。
 それはいい、それはいいんだ。雑誌の企画だろうがなんだろうが、こっちは飲めりゃぁいいんだ、と思っていたら、飲みもそこそこ、8時くらいに来たと思っていたのに1時間くらいで寿司屋は切り上げ。駅前でみうらくんと安齋さんの路上ライブ写真を撮りにいくことになる。
北口駅前のちょっとした広場になっているところにむかうと、雨の中、一人ギターを抱えた青年が先にいた。おかまいなしにみうらくんはギタレレを取り出し、安齋さんはオカリナを吹き始めた。オカリナの妙な調子に振り向いた通行人が「お、ソラミミ、ソラミミだ。タモリクラブか?」と声をかけてくる。「そうです」とながして、みうらくんが1,2曲歌っているところを永田さんが写真に撮る。通行人が何人も立ち止まり、しばらく見ていく。
そのあと、とりあえず旅館についていくことになり、南口近くの古い、歴史のありそうな和風旅館へ。以前荻窪に住んでいたときに何度も前を通りかかり、1度中をのぞいてみたい、と思っていた旅館だ。
小さいながらもいい感じの屋内廊下を登って部屋にあがり、駅前でとった演奏をMDで聴く。いい感じで録れていたが、だんだん側にいた青年の歌声が大きくなっていくのがおかしい。対抗してるねえ。ブがわるいわ。
しばらくして、みんなおなかが減ってきた、ラーメン食べよう、近くのラーメン屋へ。ビールも飲もう、ギョーザおいしいね、レッドマン帰るって言ってるよ、なんで?
男ばっかり5人で部屋に閉じ込められて朝まで出ちゃあいけない、なんて拷問みたいな目にあうくらいなら、吉祥寺に戻ってバーのお姉さんと朝まで話してる方が楽しいよ、とオレ。
1つの貝と5本の松茸とどっちをとるんだ、という下品な発言は誰だったか、そんなもんきまっとるわい、と思ったが結局6人仲良く旅館へ。
明日の朝10時にまた来ます、と編集の山崎さんは帰っていった。
あー長い長い。このあとみんなでせまいお風呂に一緒に入ったり、ホモ談義になったりしていくのだが、くたびれた。

06-12 (火)

次の日は編集の山崎さんが来るまで永田さん以外はみんなぐっすりとねむっていた。安齋さんのいびき対策にイヤー・ウィスパーもって来とけばよかった、なんて思っていたのにみうらくんとモリタのまじめそうな話し声がだんだん遠のいて、いつの間にか眠ってしまった。いつでもどこでもすぐ寝てしまう安齋さんとオレ。老化現象か?
 旅館を出て、雑誌の打ち合わせと朝食を兼ねて近くのロイヤル・ホストへ。安齋さんと永田さんが朝粥定食、ボクは普通のオムレツ定食だったが、みうらくんはエビフライ・カレー、モリタはステーキ丼、すごいね、若いね、どんどんたいらげていくね。
 斜め隣に座った中年サラリーマン達がこっちの方を見て、「ほらソラミミだよ、ソラミミ」、とそんなに大きな声で言わなくてもいいのに、テレビに出てる人見ると得した気分になれるよね。安齋さんにさい銭なげちゃおっかな。「有名にならなくってもいいけど、オレも横浜の一等地に広いワンフロア-の事務所持って、美人秘書と美人アシスタントをかかえてバリバリ仕事ができますように」と願い事。
 荻窪駅でみんなとバイバイ、帰ってから仕事と昼ねが半々。夜は「ジジ・メタル・ジャケット2」の単行本の打ち合わせ、と称してまた飲み会。


2006年05月30日 未分類 トラックバック:0 コメント:2

‘95-09-17 自分の姿


最近よく人と飲む。いや飲んでもらってる。酒飲んで人と話しているのを繰り返しているうちに、胸のつかえが取れるわけではないけれど、心情を隠さず表に出していると、自分の気持ちがどんどん軽くなっていく。
 心を開けて人と話すと言うことは、小さな世界に閉じこもっている自分というものがいかに限定された世界の住人でしかなかったかということをよーく教えてくれる。自分を守るための隠し事はできるだけ少ないほうが心が軽くなれる。人の苦しみの原因の多くはその人自身が抱え込んだままにしているからいつまでも苦しい。そんなもの全部放り出したってその人自身のアイデンティティがなくなるわけではない。むしろそこから初めてその人の生身の姿が浮かび上がってくる。それ以前のその人は、その人自身が描いている幻想の自分であって、他人が見ているその人の姿とはあまりに距離のある自分でしかない。
 オレは、オレ自身が描いている自分自身の姿と他人の見ているオレの姿との間に、今まであまりに距離がありすぎたようだ。いわゆる万能感があった。はっきり言ってバカだ。世の中バカばっかりだ。ウソの自分を作り上げてそれを守ろうと必死になっている。そんなことしたってムダなばかりでなく、他人に迷惑かけっ放しになる。
 もっとも理想的なのは、他人が描いているオレの姿とオレが描いているオレの姿が同一になることだが、それってムリなんだろうなぁ。それにそうなる事がいい事なのか悪いことなのか今のオレにはまだよくわからない。
とりあえずは他人が描いている自分の姿というものを認めることだ。それにとらわれる必要もないし。
 基本的性格というものは変わらないものだそうだが、後からくっつけたものはどんどん捨てていくことはできる。
 オレは自分の問題を考えることでどんどん人の持つ問題をも考えているような気もする。だからって相手が聞こうとも思っていないことをさも親切心のように言って、わからないうちはアンタもダメだ、なんてことを言ったって、いったい誰がそんな言葉を聞くだろうか?オレの言っていることが正しいとは限らないではないか。
 本を読んだり音楽を聴いたりする。思うのは、なぜみんなこんなに孤独なんだ、ってこと。

2006年05月29日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

04-06-26 サッカーとプロ野球

サッカーJ1前期最終節、浦和対FC東京。雨の予報だったが、いい天気になり、湿度高く埼玉スタジアムはムシムシムシ。2-1で浦和。往復3時間以上もかけて浦和レッズの応援に来るのももう何年目かしらん。観る度に面白くなる。小野がいなくなってからもチームはどんどん良くなって行っている。サッカーは面白い。それに引き換え巨人中心のプロ野球のなんと醜悪なことか。ナベツネだけのせいじゃなく、多くの巨人ファンの無自覚さがプロ野球を醜悪なものにしたんだ、とオレは思うんだけど。
巨人のはえぬきにこだわっていた頃が最後の輝きだったよ。強ければなんでもいいんだ、になってから伝統も美も消えた。それは正しく自民党が社会党や公明党と組んだような醜悪さ、日本の崩壊だった。
社会の全ての出来事はひとつながりだ。腐りかかったものを蘇らせる事はできない。土にかえって新しい芽が出るのを待つしかない。
 
 *その点堀内は偉いねぇ。巨人を2年間でバラバラにして出て行ったよ。今年原が戻って調子いいのが癪にさわる。巨人が10年くらいBクラスで低迷してプロ野球人気がさらに低下して、初めてプロ野球の在り方、マスコミの在り方、ファンの在り方が本当に変わっていけただろうに。また先延ばしにされてしまった。巨人だけを特別扱いして面白かった時代はもうとっくに終わってしまったんだ。

2006年05月28日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

05-06-28


中公新書「オレ様化する子どもたち/諏訪哲二」読了。
 教職40年の現場から書かれた学校の実態と対応策。説得力があり、なによりも頭でっかちでない人間的な視野から社会を鋭く捉えている。大変な現場の中から現実を冷静に分析し真剣に人間を扱うことについて、これほど心に残る本も珍しい。一部の教育、社会評論家に対する痛烈な批判も正鵠を得ていて、一々うなずけることばかりだ。宮台真司のようなバカが、なにもわかっていないのになんでもわかっているような口調で社会を切るのを聞いていると、オレも胸くそが悪くなる。
 人間は二元論で割り切れないし、これが正しいと言い切れる対処法など存在しない。全てがケースバイケースで、だからこそ大変なのだ。言ってることが違う、と揚げ足を取ることはできるが人によってはまるきり反対の対応をしなければならない場合もある。スパッと割り切った言い方は現場では通用しない。1つ言って10わかる人もいれば10言ってまったくわからない人もいる。自分の思い通りには人は動いてくれない。これはなにも学校生活だけじゃない。社会生活そのものがそういう形態で動いている。どうすればよいのか、忍耐と反省の中から答えは生まれてくる。これがもっともむずかしい。なかなかできません。

2006年05月27日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

01-06-28 ネット日記より


 コミックビームの「オトナの漫画」22ページ脱稿。ようやく一息つける。
この漫画、原作はダークマスターとなっているが、知る人ぞ知る狩撫麻礼さんだ。
ほぼ一年連載を続けて、ここ2,3回、ようやく少しは楽しんで描くことができるようになってきた。
 狩撫さんの方も、毎回ああでもないこうでもない、とどうすれば泉も自分も引き出せるか、と苦労されているようで、それに答えるためにも全力投球、とても日記を書く、という、いわば副業にまで手がまわらない。
てゆうか、絵描いてる方が楽しいのよ。ノリを変えたくないわけ。漫画描くにしても日記書くにしても、酒飲むにしても、気持ちを盛り上げていくために踏まなければならない手続きがいろいろとあってね。
賽銭がわりの500円玉を小銭入れから貯金箱に入れて、
「今日も気持ち良く仕事が出来ますように。楽しい一日になりますように。きれいなお姉さんと知り合いになれますように。そうはいってもコンビニとスーパーしかいかないんじゃあムリかなあ。」
とかなんとか願い事して、運試しのソリティアをやって、80度くらいにさましたお湯でせん茶を45秒待って湯のみについで、マルボロに火をつけエケコ人形に吹きかけ、パソコンで起こした広末のCM(麒麟ラガー)を見て、昨日の新聞を整理がてら目をとおして、おや気がつくともうこんなに時間がたっているではないかこんなことやっている場合ではない仕事しなきゃ。
 さて仕事机の前にきて、今日の音楽はなにからかけよう、美しいショパンのマズルカをホロビッツでかけようか、やっぱゼッペリンかな、としばし思案。
 こうしてかける音楽も決まったところで、ようやく仕事に入っていけるのだ。
そうして気持ちを盛り上げて、ノリかかった辺りでどうしておなかがへるのかな。母さん母さんおなかと背中がくっつくぞ。また一から出直し。ご苦労様。

あー大変。書いてみるといろいろやってるのね。読むのも大変。



2006年05月24日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

92-2 James Brown

92-02-10
JB,4CD Boxset「Startime」を買ってくる。
もーお最初からイカしてるんだこれが!1枚目は初期の’50年代のものでこれまで聴いてなかった曲ばっかり。まずこれがいい。2枚目はJBがファンキーソウルで登りつめていく最高期のもの。未聴の曲も3分の1ほどあり、大好きな「LickingStick」のロングヴァージョンも聴ける。が、「ThereWasATime」がとにかくすごいっ!すごい!すごい!持っているアポロシアターライブとは別物で、そっちも好きだけどこっちはもっと凄いエキサイティングヴァージョンだ。たたきつけるようなもの凄いビートのドラムがとにかく凄い。
 知っている曲も別ヴァージョン、ロングヴァージョンが盛り沢山、ときてはこれはもう買ってニコニコ聴いてバッチリの最高の買い物だった。
92-02-12
それにつけてもJB、BOXSET「STARTIME」のThere Was A Timeは凄いっ!
毎日この曲をハイライトに聴いているが、これ以上テンションの高い曲もそうあるものではない。あまりのテンションの高さにどっと疲れてしまって、この未発表ライブはこれ1曲で十分、という気になってしまう。
 夜は「R&Bソウルの世界/鈴木啓志」を読みながら、JB、スモ-キーロビンソン、スライのアルバムをとっかえひっかえかけて、いわばソウルのお勉強。面白いよこういうのは。

92-03-11
朝いきなりJBの来日公演チケット売り出し開始。BoxSet買って以来JBにハマってたので実にタイムリー!すぐ電話がつながってすぐ買えた。なんだか不安。すぐ電話がつながるなんて普通ありえないから。代々木体育館、埋まるんだろうか?下手をするとチケット売上げ不振で中止にもなりかねない。

92-04-03
「James Brown Japan Tour」
あの広い競技場が埋まるんだろうか?と心配していたが、けっこう満員近くなっていたので嬉しい驚き。アリーナの前から14列目という場所だったが、それでも双眼鏡持ってけばもっとよく表情なんかが見られたな。
JBは元気だった。3曲目で登場し、アンコールでもガンガンやってくれました。さすがショーマンだ。

*JB/ Star time収録のThere Was a Timeはその後「Say It Live And Loud」というアルバムでその日の強烈なライブそのものがCD化された。

2006年05月23日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

03-07-14 ダンドリくんBLACK


久住の原作が遅れている。これまででもっとも遅いペースかもしれない。いつも、これ以上遅れたらもう描けないぞ、というギリギリのタイミングで入ってくる。それはまるで、いつも限界を試され、限界点を押し上げているようだ。今回のペースは10年前ならアウトのタイミングだ。10秒の壁を破るような、自己の限界への挑戦をさせられているようだ。

07-15
昨日の夜、明日までには残りの原作全部送る、と電話してきたが朝になっても送られてこず、おもわず逆上する。胃がキリキリする思いで出来る分を進める。あのタコッ!無計画に仕事進めやがって!ほかの仕事が詰まっちゃってこっちは放ったらかしだ。ひとに迷惑ばっかかけてんじゃねぇつの!
 結局夜中まで原作は来ず。同じギャラ貰って片手間でやられちゃたまらない。

 07-16
今日こそ後半7枚全部下描きしてネームFAX送りしておかないとヤバイ状況。なのに4枚分しか原作が送られてこなかったので今日はマジ切れ。留守電になっていた久住の電話に怒鳴りつけ、そのまま仕事せず夕方近くまでビデオ観たりして過ごす。夕方になっても残りが届かないので完全にやる気をなくし、20年以上落としたことはないけど落とすと決めて留守電に、もう描かないから残りの原作はいりません、と伝言入れて英語の勉強したりオールスターゲームをみたりする。
 19時頃漸く残りの原作とわび電。やらないわけにもいかないので結局夜中まで残りの下描き7枚全部描く。体が重~くなる一日でした。

2006年05月22日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

03-07-19 バラ


ベランダの鉢植えのバラの葉が日々茂ってきている。花が三輪ほど咲いた後は葉も全部枯れ落ちてしまって枝だけになってしまっていたのだが、枝そのものは元気そうだったので毎日水を与え続けていたら芽が出てき、それからは見る見るうちに葉が育ってきた。まだ新芽が出てきている。毎日の暮らしの中でのちょっとした変化を見るのは楽しい。小さな喜び。

2006年05月22日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

01-10-21 自分 ネット日記より

自分はある時期から、自分をさらけだす、という事を本気で考えるようになった。
そんな事を考えるようになったきっかけは勿論女がらみに決まっているが、それまでの自分が自分で勝手に作り出した自分らしさというものにとらわれて結局は自分も他人も苦しめていたのではないか、と思うようになったのがきっかけだった。
 自分が本当にやりたかったことや言いたかった事なんて、実は自分が常日頃バカにしてたり蔑んだりしていることだったりするのじゃないか、やりもしないで、いや、やらないんじゃなくてやれない自分がそこに居る、と言うことじゃないのか。
 そう考えてみると確かにそんな気がしてくる。でもやれないことはないだろう、やれないのは自分というものを良く見せたいとかこう思われたいとか、他人の目から見える自分というものを自意識過剰の意識が邪魔しているからではないのか。
さらけだしてみたらどうなんだ、もっと苦しむことになるのかもしれないけれど、今のままでは自分はもっとつまらない自分になってしまう、自分を意識することで逆に自分からどんどん遠ざかっていってしまっている、そんな自分はいやだ。
 やってみました。泣きたくなるほどだらしない自分。なさけない男。いやらしい私。でもそれこそが自分なんだ、もっと自分を見ろ、自分の中に何があるのかもっとさらけだしてみろ。醜い自分を見もしないで他人を笑ってたってちっとも他人のことなんかわかりゃしないし、自分のことだってちっともわかってないじゃないか。
 で、いまだに自分のことなんてちっともわかりゃしないわけだけど、以前よりははるかに楽しいなって思える日があることだけは確かで、裏を返せば相変わらずなさけない気持ちにもなっている自分がいるわけです。だけど今の自分はいやじゃないです。時々調子に乗りすぎて他人に迷惑をかけてますが、これが私です。しょうがないじゃん、人間みぃんなバカなんだから。踊らにゃそんそん。

2006年05月20日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

05-2-21 プレスリー mixy日記より

5年に1度ぐらいづつプレスリーにハマって、その度に5枚10枚とCDを買い込んできては、資料本と首っ引きでどっぷり朝から晩までプレスリーを流している。
今年もまたそんな風にプレスリーが心を占拠しにやって来た。最初はウチにあるCDから自分なりにベスト盤を作ってみよう、と始まった。が、何かが決定的に欠けている。ライヴだ!ライヴ盤がほとんどない。
ところが近所のCD店には目指すCDがまるで見当たらない。BMGのホームページを見ても絶版になっている。アマゾン検索してみる。おおっ、あるある!絶版も限定版もなんのその、ぞろぞろでてくるではないか。早速注文したら中1日でもう届いた。送料無料で定価の5%引き、バイクで新宿、渋谷、御茶ノ水を探し回ったあの日々はもはや遠い過去の思い出か。
プレスリーはアルバムとしては出来のいいものが少ないもののCD時代に入ってからは素晴らしいボックスセットが次々と登場して、これでもかこれでもか、とサイコーのヴォーカルが津波のように押し寄せてきて、じわりじわりと右脳の片隅に蓄積されて行く。今年はこれまで敬遠していたライヴものについに突入してしまった。
ちなみに僕はマニアではありません。収集癖はそんなにないんです。聴きたいんです。ただ、ただ聴いて感動したいんです。
って、ツェッペリン300枚、マイルス200枚、デッド100枚、ザッパ100枚、カラヤンにホロヴィッツにグールドに…ってアッという間に1000枚2000枚、たまっちゃうんだよなぁ。

2006年05月20日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

'06-5-14 ネットでいやな文章をよんでしまった。

 友達に、ネットでブログをやっているから検索したらみつかるよと話したら出てこないと言う。自分でもやってみたら、なるほど出てこない。じゃ泉晴紀で検索したらどうなのだろうとやってみた。Googleでは1万件近い項目にヒット、たいがいは本屋関係のもので、なるほどこれじゃあみつからないや。ちょっとアテがはずれて友達にはURLを教えたのだけど。
検索結果を拾い読みしてたら、最近出したダンドリくんBLACKの個人評が。「まったく期待していなかったのだけど読んでみたら予想を上回るひどさ。久住氏は谷口氏や弟と組んで着実に表現方法を開拓していってるけれど、ソロではパッとしない泉氏はキャラだけパパッと描いて適当に背景をいれたようなこの漫画は、谷口氏の描く繊細で緻密な散歩者とは大違い。きっと久住氏が名前だけ貸して泉氏が生活のために描いているのだろう」というような内容。
 なんという無理解!なんという誤解!書いた人は友達に読ませる程度のつもりで書いているのだろうが、ネット上ではまったく知らない人からはては取り上げられた本人まで読む。悪意はないのだろう、そもそもこの人はオレには興味がないのだろうからオレが日々どんな気持ちでどんな態度で漫画に臨みどんな仕事をしているのか知らないだろうからたとえ本人が読んだところで気にはしないのだろう。
ネット上ではこのような無神経な文章が飛び交ってるんだろうなぁ。書くバカ読むバカ怒るバカ。これまでも読まないようにしてきたけれど、これからもこれを限りにもうけっして読むことはしないだろうけど、それにしても気分が悪い。
パッとしない原作をしかも〆めギリギリで送られてくる原作をそれでもなんとか間にあわせるべく奮闘しているオレの気持ちのやり場がないよ。そりゃあBLACKはオレ自身納得してないし単行本を機に連載を打ち切ったのもオレ自身だ。でもね谷口さんと比べるなよォ!ああいう絵で描く内容じゃないんだから。
まぁいいや。いいこと悪いこと好きに書いてくださいな。オレはくじけない!オレが頑張ってるのはオレが知っている。オレは自分の心と契約しているから。


2006年05月14日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

’76-3-2


僕には僕自身のリズムというものがある。社会という激しいリズムに乗っていくことはないのだ。社会が刻みだしているリズムは最早個人では追いつけないほど目まぐるしい。ま、言ってみればエイトビートではなく64ビートとか128ビートとか、とにかくかなり疲れるということだ。こんなリズムに乗っていたら消耗するのは当たりまえだ。だからそういったリズムをまず自分自身からもう一度8ビートなり16ビートに押し戻していかなけりゃならない。

2006年05月03日 未分類 トラックバック:0 コメント:1

’04-4-27の日記より


 久々にガツン!とくる文章に出会った。朝日新聞夕刊の文芸時評を今月から担当する事になった島田雅彦の文だ。「ささやかな希望というやつが案外人を凡庸な思考に導いてしまうのかもしれない。死刑囚のように絶望の底まで落ち込んだら、自分の意識の中に自由を見出すしかないので、否応なく創造的になるのだ」これは締めくくりの個所だ。
 芥川賞の文学としての価値のなさを批判し、近頃多い「社会との関与を拒み、自傷行為に走り、絶望を‘透明な悲しみ’といってみたりする少女文学の愛読者」をバカにする。
 文学の在り方を真正面から捉えたその一文は正鵠を得ていて、心底震えがくる。芸術の道を選ぶことは本来純粋な衝動によるもので、賞を貰ったり食えるようになることとはまったく関係がない。わかってはいても人はその事に左右される。
 ジャンプでデビューできなきゃ漫画やめるだの、3年音楽やって売れなきゃ田舎帰るだの、君達は何しにソレを始めたの?と思う。売れなくてもやれよ。他人から趣味でやってるのって言われても一生続けろよ。売れる売れないということよりも、もっともむずかしいのは最初の衝動をずっと持ち続けることだ。

2006年05月01日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

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