05-05-19 JB

いつも仕事が忙しくなると、同時に音楽への探究心が昇ってくる。
それは仕事してる時は必ず音楽をかけているからだけど、まず何をかけようか、とそれは今日の気分と仕事の内容次第。
 去年の暮れは暗い話を描くのにずっとプログレ。(プログレってなぜ暗い?)年が明けてからはプレスリー。
 で今度はJB。ジェームスブラウンは編集アルバムとライヴアルバムばかりでオリジナルスタジオアルバムは数枚しか持っていない。といっても30枚は超えているけど。なにしろレコードデビューから50年!まだまだ聴いてみたい、と思うアルバムが沢山ある。とくにインストものに興味あるんだけどそのあたりはちっともCD化されていない。これがまたいっぱいあるんです。JB’s名義で出されたものもたいがいはJBがからんでくるし。
 これはマイルスを聴くのと同じような感覚。むしろよりストレートに楽しめる。
JBの音楽、いや黒人音楽の多くはめめしいところがない、っていうかそういうところをリズムでもってぶっちぎってる。あの執拗なリズム、強弱の付きかた、腰にくる、っていうの?たまんないねェ!Out Of Sight!

う~ん、レコード…。いやCD化されるのを待つか…。

*そのJBもとうとう死んじまった。爺ィになるのを拒否したような最後までHard Fuckin’ Workin’ なFunky Guyだった。
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2006年12月29日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

アーカイブ7 ’78-06ジャコ

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赤坂のムゲンでバイトを始めたのが’78年の5月。6月のある日店にJacoPastoriusとPeterErskineが遊びにやってきた。WeatherReport鉄壁のカルテットのリズム隊だ。
その月、店で演奏していたのはムゲンでは珍しく白人バンドだったが、2人をステージに招き入れた。最初はおとなしくボンゴを叩いていたジャコだったがドラムがピーターに変わるとジャコもバンドのベースと入れ替わる。最初はこれに付き合っていたバンドの他の連中も一人また一人とステージを降りて行き、ギターマンだけが食らいついていく。完全なジャムセッションで、観ているオレは大興奮だがこの価値がわからないのか客の方も一人また一人と帰って行く。そうだよな、こんなの踊れないものな。
客が一人もいなくなり、閉店時間を過ぎても止む様子はなく、店長が椅子を片付けろと合図。最後はジャコが一人でドラムを叩いていた。いやぁ滅多に観れないいいものを見せてもらいました。
「ワンダフォージャコ!あさってステージ見に行くよ。もうチケットはGetしてある」とジャコに話しかけたらニッコリ笑ってサインをしてくれた。ってオレがねだったんだけど。
そのWeatherReportの東京公演はJazz公演としては珍しく宝塚劇場で演奏したのだった。(’78-06-21)
その次にジャコを観たのは’84-07-28のGil Evans Orchestra with Jacoで読売ランドオープンシアターEASTだった。そうして’87年クラブの用心棒に殴られたのが元でジャコは死んだ。享年35歳。

*その年の9月のドイツでのライブDVDが今年WeatherReport初のボックスセットで正規盤として出た。ボクが観た東京公演ではジャコははしゃいでいてアンプの上から飛び降りたりしていた。

2006年12月13日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

06-11-23 マイルス対ニールヤング

 ニールヤングの1970年のライブCDが出た。これジャケットがフィルモアのその日の看板!対バンがマイルスだ!となると5年前に出たマイルスのCDフィルモア’70-3-7その日ではないか!なんかそれだけで欲しくなってしまった。
 当日はマイルスがあってスティーブミラーバンド、トリがニールだ。白人の聴衆の前でやれるかっ!っていいながらそれでも売り上げ倍増計画のため嫌々出たマイルスだったが演奏は凄まじい。この日を最後にウェインショーターはバンドを離れる。そのショーターがマイルス以上にロックなフレーズを吹きまくる。
曲も切れ目なしにマイルスの合図ひとつで変わっていく。1ステージノンストップだ。どうだっ、これが世界最高のロックだ!と言わんばかりの勢いだが、きっと聴衆は訳わからずに目を白黒させていたことだろう。
 そしてニールの登場だ。これ最高でっす!こんなすごいニール、このころのステージは初めて正規盤で登場したがガツガツです。ガツガツのサウンド、ガツガツのノリ。曲目も実に楽しめる。
 こうやって2枚続けて聞けば当日の擬似体験。面白いったらないね。どっちも実に生々しい音で録れている。

2006年12月11日 未分類 トラックバック:0 コメント:0