07-02-21 談志

BSハイヴィジョン特集の談志ドキュメントには唸ってしまった。芸に対しての軸のぶれなさ加減、70を過ぎて老いとの闘いに苦しむ談志。その人間存在そのものをさらけ出す姿は胸にせまるものがある。孫弟子達の進級試験で見せる談志のつっ込みは談志という人の天才性がくっきりと浮かび上がる。弟子に対する辛らつな批判は談志の芸に対する心がまえが明確に出ていて、そのシーンだけでもこの人は他を圧倒する天才だな、と見ていて震えがきた。
「落語は人間の業を肯定するもの」と談志はいう。人間は人間の業を肯定するところからしか人間を理解することができない、と僕も思う。聖も俗も正も邪も人間は裏表を持って生きている。表が正しいのではない。裏があるからこその表なのだ。
「あの人がこんなことする筈がない」とはニュースでよく聞く言葉だけど、する筈がないことをやってしまう生き物、それこそが人間だ。勝手な決めつけを他人にもし自分にもしている人は、きっと死ぬまで人が生きるというのはどういうことなのかわからないだろう。いや、わかりたくもないのかもしれない。醜い自分を直視しないで後悔や反省ばかりしても何も変わらない。そうして醜い自分を他人の言動の中に見たときに、他人に対しては否定的で悪口や陰口ばかりいう。自分が他人に対して言った言葉は全て自分に跳ね返ってくる。
醜さや惨めさや後ろめたさ、そういういろんなものを抱えて人は生きていく。落語の世界にはそれがあっけらかんとした姿で表される。人が生きるのにいいも悪いもない。生れ落ちてしまっちゃったんだもん。
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2007年09月17日 未分類 トラックバック:0 コメント:0