02-11-18 恋愛ドラマ

「愛は金で買えない」というテーマが、全ての創作に於いて金科玉条のように取り上げられる。
「金で愛は買えない」当たり前だ。こんなものはもうテーマにもならない。それより「愛」って何?
一人の男が一人の女と永遠の絆で結ばれる。ハッピーエンド。リアルじゃない。永遠は長過ぎる。人の心は移ろいやすく、何度も心変わりをしてしまう。「もう離さない」が「もう離してよ」になる。
「愛」という言葉をエサに撒いてえげつないことを平気で強要する。愛のために人生を棒に振る。本当に悔いはないのか?なわきゃないよなぁ。
生まれも育ちも考え方も違う二人が惹かれあって一緒になって、ここまでは夢のような時間だよ。でも現実はここからが長いんだ。この長い現実を生きていこうとする主人公のなんと少ないことか。たいがいこりゃぁ1年もしないうちに別れるね、ってなカップルばかりだ。ま、それでいいんだけどね。いいんだけどさぁ。なんかそういうチャラいのはいらないよ。もうちょっと、こう、人の心の移ろいを深ぁい所から捕らえてくれないかなぁ。
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2008年04月26日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

05-05-01 決定的瞬間

サッカーの試合で、両者膠着して1点も入らずロスタイムに突入してしまうことがある。その時に、我先にトイレに走る者や出口に急ぐ人たちがけっこういる。ところがそういうときに限って点が入ったりすることがある。長い辛抱の末の1点!せっかく会場に足を運びながらその決定的瞬間を逃した人たちにとって、その日の試合は見なかったことに等しい。
 マラソン中継は2時間を越える長い闘いではあるが、決定的瞬間はやはり訪れる。トップランナーが後続を置き去りにしてスパートをかける瞬間、もしくはなんらかのアクシデントか急激に力を落としていく瞬間、必死にトップに食らいついていこうとして追いつけないセカンドランナーの脱落していく瞬間、マラソンのクライマックスは長い時間のほんの一瞬に訪れる。ラストのゴール前で競い合うなんてことはめったに起こらず、いつもふいにそれが訪れるものであるから、テレビ観戦している人の中にはそこを見逃してしまう人も多い。その人たちにとってはその日のマラソン観戦は観なかったことに等しい。
 サッカーを観る時はサッカーを観る。マラソンを観る時はマラソンを観る。トイレの列が並ばないうちに、とか混雑を避けようとか、試合の気をそらす考え事は頭から追い払って試合に没頭する。「この一事に命を賭ける」くらいの気持ちを持って対峙して初めて決定的瞬間を捕まえることができる。
 人生とは一瞬一瞬が取り返しのつかない瞬間の積み重ねだ。

2008年04月24日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

07-06頃 マルチ

世間では、なんでもやる人のことを「マルチな才能」なんて持ち上げて、かっこいい、とか憧れます、とかいって、まぁマスコミの話題づくりなんだろうけど。
創作の世界って相互に関係性があってなんでもそこそここなせるなんてのはすごいことでもなんでもない。
が、趣味として才能を発揮することと、仕事として才能を消費していく世界とは、似て非なる世界である。なんでもやってます、はプロの世界では何もできません、に等しい。
うまい人、面白い人だらけのプロの世界で抜きん出ようとするなら、楽しい、では済まされない。なんでも遊びでやってるうちは楽しいけど仕事となると苦しい。だけどその苦しさこそが仕事なのであって、そこを乗り越えていって初めて仕事の面白さがわかってくるってもんだ。それぞれに深い世界があってなんでもやっちゃうヒマなんてなくなっちゃうよ。

2008年04月10日 未分類 トラックバック:0 コメント:0