08-03-13 鈴木大拙とは誰か

 僕が通学していた金沢の高校の正門横に大きな碑が建っていた。そこには鈴木大拙生誕地と書かれていて、当時はいったいこの人は何をやった人なのだろうと思っていた。禅を研究している人、という事くらいはそののちに知ったけれど、それほどの興味も覚えず長い年月が経った。
 岩波現代文庫で「鈴木大拙とは誰か」という本が出たのは何年か前のことで、本当にどういう人なのかぐらいは知っていてもいいんじゃないかと思い、その時に買ったけれどパラパラとめくっただけで長い間放ったらかしにしていた。
 去年の後半から仕事がらみで俳句や禅の勉強をしなければいけなくなり、何か参考になれば、とこの本を漸く読んでみた。
 明治、大正、昭和と95年の長い歳月を、禅の正しい在り方を世界に紹介するために禅仏教の英訳本を書き続け、各地を講演して回った大拙師の生涯を多くの人の回想で綴ったこの本を読み、その人の大きさを知った。
「愛とは他を認めることであり、他に思いを致すこと。これが華厳思想である。互いに関係を持ち、互いに思いやるという考えは、力の観念を排除する。力の行使は常に、専断、独裁、疎外に向かう。力の本性を見抜けないでそれを全体の利益の為に用いることのできぬやからが力でもって主張することを憂う」

 器の大きい人、と形容される人とはどういう人なのだろうと思う。器が大きいわけだから、いっさいがっさいを器に収めてなお泰然としていられる人のことをさすのだろうか。自分の大きさを誇るのではなく、他人の話をよく聴きしっかり受け止めてくれる人。
できますか?できませんよねぇ。みんな自分のことだけで器からこぼれおちちゃうほど小さい器ばっかりで、器を大きくしても自分のことばっか詰めちゃって自分専用の器しか持ってない。
自分なんてねぇ、ほんと大したことない人ばっかでねぇ。威張ってるヤツにロクなヤツぁいないけど、自分を卑下してる人って実は自分が大好きで自己肥大して自己否定してもうわけがわかんなくなっちゃう。自分なんてねぇ、ほんと大したことないですよ。大したことない人が大したことしたりするんですよ。
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2008年03月14日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

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