09-10-17 加藤和彦の自殺


夜のニュースで知った。
悲しい。
僕にとって加藤和彦は、細野晴臣や矢沢と並ぶ、いやそれ以上に好きな日本の音楽家だった。
中学生の時、オールナイトニッポン、そして兄の買ってきたフォーククルセダーズの「帰ってきたヨッパライ」のシングルで加藤和彦を知った。
サディスティック・ミカ・バンドはそれまでの日本のバンドにはないダイナミックでしかも緻密なサウンドで、最初に夢中になった日本のバンドだった。京都で岐阜でそして郡山まで行ってライブを観に行った。
ミカバンド解散後にYMOのメンバーを中心に作ったソロアルバムの数々は、今でも日本のロック史上に孤高の輝きを放つ。そのヨーロッパ的なサウンドは好き嫌いが分かれるとしても、世界のトップレベルのアルバムだと思う。
 音楽とは不思議なもので、最初は馴染めなかったそのヨーロッパ的な音作りも、慣れてくると当たり前のように聴けるようになり、ひいては20世紀現代音楽、たとえばバルトークやヴェルク、ウェーヴェルンといった作曲家まで聴くようになった。ストラヴィンスキーやショスタコーヴィチの室内楽が中でもお気に入りになったのは、加藤和彦やブライアン・フェリーあたりの音楽が下地になっているように思える。
 ヨーロッパ的な陰鬱な雰囲気に馴染めない人でも、その後に出た「あの頃マリー・ローランサン」というアルバムなら、聴きやすくて加藤和彦の魅力を知るにはいいのじゃないだろうか。
その時に重要な役割をはたした作詞家で妻の安井かずみさんを亡くしてからはトノバン(と呼ばれていた)はあまり表舞台に登場しなくなっていたが、
近年アルフィーの坂崎と組んだ「和幸(かずこう)」は久しぶりにトノバンの洒落たセンスの光る好盤だった。6,70年代のいろんなアーチストのサウンドエッセンスを織り込んだ2枚のアルバム、どうせなら丸々ビートルズ・サウンドでの3枚目を作って欲しかった。

いつもずっと聴いていたわけじゃないけど、こんな形でいなくなっちゃうなんて淋しすぎる。
とても悲しい。
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2009年10月31日 未分類 トラックバック:- コメント:-