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‘95-09-17 自分の姿


最近よく人と飲む。いや飲んでもらってる。酒飲んで人と話しているのを繰り返しているうちに、胸のつかえが取れるわけではないけれど、心情を隠さず表に出していると、自分の気持ちがどんどん軽くなっていく。
 心を開けて人と話すと言うことは、小さな世界に閉じこもっている自分というものがいかに限定された世界の住人でしかなかったかということをよーく教えてくれる。自分を守るための隠し事はできるだけ少ないほうが心が軽くなれる。人の苦しみの原因の多くはその人自身が抱え込んだままにしているからいつまでも苦しい。そんなもの全部放り出したってその人自身のアイデンティティがなくなるわけではない。むしろそこから初めてその人の生身の姿が浮かび上がってくる。それ以前のその人は、その人自身が描いている幻想の自分であって、他人が見ているその人の姿とはあまりに距離のある自分でしかない。
 オレは、オレ自身が描いている自分自身の姿と他人の見ているオレの姿との間に、今まであまりに距離がありすぎたようだ。いわゆる万能感があった。はっきり言ってバカだ。世の中バカばっかりだ。ウソの自分を作り上げてそれを守ろうと必死になっている。そんなことしたってムダなばかりでなく、他人に迷惑かけっ放しになる。
 もっとも理想的なのは、他人が描いているオレの姿とオレが描いているオレの姿が同一になることだが、それってムリなんだろうなぁ。それにそうなる事がいい事なのか悪いことなのか今のオレにはまだよくわからない。
とりあえずは他人が描いている自分の姿というものを認めることだ。それにとらわれる必要もないし。
 基本的性格というものは変わらないものだそうだが、後からくっつけたものはどんどん捨てていくことはできる。
 オレは自分の問題を考えることでどんどん人の持つ問題をも考えているような気もする。だからって相手が聞こうとも思っていないことをさも親切心のように言って、わからないうちはアンタもダメだ、なんてことを言ったって、いったい誰がそんな言葉を聞くだろうか?オレの言っていることが正しいとは限らないではないか。
 本を読んだり音楽を聴いたりする。思うのは、なぜみんなこんなに孤独なんだ、ってこと。
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2006年05月29日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

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