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’96-02-11 司馬遼太郎

 去年の秋から司馬遼太郎の「空海の風景」を読んでいるが、資料として少しずつ読んできたこの本も近頃は俄然面白くなってきた。天才中の天才に関する記述を読み進めるうちに、じわじわと空海像が浮かび上がってきて多々興味が沸き起こってくる。人間を生きる、という悩みというか疑問に対して空海の生き方はなんと魅力的か。もっともこれは司馬遼太郎の想像する空海ではあるが。
 人生を魅力的に生きるとはどういう事だろう。人として生まれて、ただ生きてるだけではつまらない。何を考えどう生きるのか。魅力的に生きるというのはさらに難題である。
 近頃思っていること。人生はバランスである。真ん中を行けということではなく。右に行ったり左に行ったりフラフラさまよいながら、いろんなものを発見して少しずつ人の在り方を探っていくということ。あとで平均して真ん中くらいになるようになれば御の字だ。人間というカテゴリーの中に入っているものの振幅の広さには驚くばかりである。
 世間の問題の多くは自分をなくすことで大局が見えてくることばかりだ。自分中心に物事を考えていくと問題がこじれていくばかりだ。とはいえ自分をなくす、って言うは易し実行に移すのはむずかしい。自分本位って考え方もときには必要なこともあるし。こうだ、と言い切れるものはない。臨機応変にやらなきゃいけない。これがまたむずかしい。わかったと思ったらすぐまたわかんなくなる。一生安心って気持ちにはなれないのかな。

-02-17
 自分というものを捨てた時に初めて活路が開けてくるような、そんな仏教みたいな考えが出てくるが、人は簡単に欲望は捨てられないし、「無心」ってやつは世間でよく使われるような意味とは違って、もっともっとエネルギーのいる力強い世界のことを言っているのではないのだろうか。
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2006年07月04日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

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