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’86-12-22 右へならえ

 個人が個人として立派に生きていく、というのは言葉の上では簡単だ。けれども現実には人は集団の中の生活者として生きているし、今の時代はとくに個人の価値観よりも多数の人間のとる価値観の方が正しい、面白い、良い、という風潮がある。
 自由とか個性と言う言葉がよく使われているが、この国では自由も個性もいらないのであって、どんな服を着てどんな仕事していようと、大学出ようが中卒だろうが、他人がどうこう言うのは大きなお世話であって、なにかまうことはない筈なのに、人と同じ服着てちゃんと学校へ行って、人と同じ意見じゃないと安心できないって人が圧倒的に多い。
 多数決の論理というものがあるが、ものを決める力というものは少数の人間であり、その他大勢は付和雷同である。物事は往々にして少数意見の方が正しい。つまらない理由でその他大勢は右に行ったり左にいったりする。が、大切なのはいろんな人がいろんな意見を持っている、ということであって、どれが正しいと言う事ではない。人のことダサいっつって人を見下した態度で見るヤツが案外本当はダサいってこともある。

*日本人同士わかりあえるはずだ、という共通項がどんどん壊れてきているのに、それでも老いも若きも右にならえをする。わがままばっかり言ってるくせに仲間はずれにされるのがいや、ときている。人はくっついたり離れたりするんだよう。時には孤独を背負ってでも裸で一人で歩かなければいけない時があるってことを心に留めておかないと、いずれ一生を台無しにしてしまうんだよ。そんな人ばっかしだよ。
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2006年08月07日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

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